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709 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/13(木) 05:57 ID:89ftEBU5
 朝――気持ちの良い朝だ。私はベットから出て、カーテンを開けた。
「う〜〜ん」
 朝日を浴びて伸びをする。心が軽いのが、ちょっと信じられない。いつもな
ら、また布団の中に潜り込んでしまいたい衝動に駆られるのに。
 私は心が弾んでいる原因を思い出し、クローゼットに向かった。自然と顔が
ほころんでしまう。こんなに一日のはじまりを嬉しく感じるのは、いつ以来だ
ろう。
 クローゼットを開けると、そこには裸の少年――碇シンジ君が寝転がってい
る。私は安心した。夢のようなできごとだったので、本当に夢だったのかも知
れないと思う気持ちがあったから。
 私は、しゃがみ込んで彼の様子を観察した。穏やかに寝息を立てている。手
足は皮のベルトで拘束してあった。可哀想かも知れないが、暴れられると困る
ので仕方がない。
「あら」
 私は、彼の肉体の変化に気がついた。性器が勃起している。
「ふふっ、昨日あんなにしたのに、元気なんですね」
 嬉しくなって、私は彼のものを握った。最初、グロテスクに思えたそれも、
今では可愛くてしょうがない。これを刺激するたびに、彼は様々な反応を見せ
てくれる。
 数回性器を擦り上げると、彼は目を覚ました。混乱していたようで目をしば
たかせて、周りを見回す。その様子も滑稽で愛らしい。


710 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/13(木) 05:58 ID:89ftEBU5
「うぅぅ、うぅ、うぅ」
 彼の言葉は声にならない。口枷をさせてもらっている。声を聞けないのは残
念だけれど、彼が大声を上げて他の人間がここにくるようなことになったら嫌
だ。
 ずっと聞いていると口枷を付けままでも、彼がなにを言いたいのか分かるよ
うになった。今は、「やめて」と言いたいらしい。
 けれど、私は手の動きを止めなかった。むしろ早くする。彼だって気持ちい
いはずだもの。ただ、私と同じで遠慮深いから、そんなことを言うの。
「うぅ、うぅうぅ」
 彼は言い続けていたけれど、二分もたたない内に精液を噴出させた。撒き散
らされ、私の手にも白い液体が付く。
 私は、その手を口に運んだ。舌を這わせる。暖かい。苦みも彼のものだと思
えば気にならなかった。
 青臭い匂いも好きだ。彼の匂い。彼のスペルマの匂い。
 彼を見ると、目に涙を浮かべていた。そんなに気持ちよかったのだろうか。
起き抜けには刺激が強すぎたのかもしれない。
 私は、おはようのキスがしたくて――その欲求が抑えきれずに――彼の口枷
を外そうと手を伸ばした。彼だってもう、私がどんな風に彼のことを思ってい
るか理解してくれたはず。無闇に声を上げたりはしないと思う。
 口枷に手が掛かる。なぜか彼の顔は怯えているように見えた。そんなわけな
いのに。


711 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/13(木) 06:00 ID:89ftEBU5
 転校の挨拶は苦手だった。教室中の視線が、私に集中している。見られたく
ないのに。
「山岸マユミです。よ、よろしく、お願いします……」
 受けを狙ったり、かわいこぶったり、そんな余計なことは入れずに、必要最
低限のことだけを口にする。普通に自然に言おうとしたつもりだったけれど、
つっかえてしまう。それに、少し早口過ぎたかもしれない。これでおどおどし
たやつだと、決めつけられただろうか。嫌。
「では、山岸さんは、あそこの席に座って下さい」
「は、はい」
 担任の年輩の先生――若い先生で無くて良かった。男の先生で元気の良さを
強制する人とか、女の先生で友達口調で馴れ馴れしい人とか、耐えられない――
に促されて、私は席に向かった。その間にも好奇の目が向けられているのが分
かる。きっとみんな値踏みするような目で、私を見てる。
「よろしくね」
「よろしく……」
 席に着くと隣の女の子に挨拶された。ハーフだろうか、とても綺麗な青い目
をした女の子で、私は気後れしてしまう。
 とりあえず授業に集中しようとして端末に目をやって、私は驚いた。メール
着信が表示されている。それも複数。
 開いてみると、どれも転校生に対する他愛のない質問。私は、ちょっと呆れ
た。このクラスはいつもそうなのだろうか。今までの学校では、さすがに授業
中に質問攻勢を受けることはなかった。
 けど、授業中だからと真面目ぶるのも反感を買ってしまいそうだ。無視する
のは、もっといけない。
 結局、私はその授業中、メールに当たり障りのない返信をすること忙殺され
てしまった。


729 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/13(木) 15:41 ID:oGkwVIcA
 休み時間になると、予想通り私の机の周りには人だかりができた。
「どこからきたの?」
「制服、前の学校の?」
 誕生日は? 血液型は? 兄弟は? あちこちから矢継ぎ早に投げかけられ
る質問を、私は「ええ」とか「はい……」とか、曖昧な返事をしてやり過ごし
た。苦痛だ。
「山岸さんて、おとなしいんだね」
 誰かが言うのを聞いて陰鬱な気分になる。喋らないからって、勝手に決めつ
けないで欲しい。なにも分からないくせに。
「ねえねえ、山岸さん。彼氏はいるの」
 眼鏡を掛けたニキビの目立つ男が聞いてくる。いかにも男のらしい下卑た質
問。そんなこと、あなたには関係ない。それを知ってどうしようというの。そ
う思うが、さすがに口にすることはできない。
「い、いません……」 
「なぁ、ちょっと眼鏡取って見せてぇな」
 これは、見るからに下品そうな男の子。教室に入ったときから気になってい
たが、なぜかひとりだけジャージを着ている。制服を汚してしまいでもしたの
だろうか。


730 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/13(木) 15:41 ID:oGkwVIcA
 とにかく、そんなことはしたくない。
「こ、こまります……」
「そないなこと言わんと――」
 ジャージの男の子は食い下がる。すると、
「鈴原ぁっ! なに言ってんのよ。山岸さん、困ってるじゃない」
 女の子が、ジャージの男の子――鈴原?君の前に歩み出て、その耳を思い切
り引っ張った。クラス委員だと紹介された。確か洞木ヒカリさん。
「ごめんね、こいつ馬鹿だから。気にしないで」 
「せ、せやかて、眼鏡外したら、えらいべっぴんさんに見えると思うで。なあ、
シンジもそう思うやろ?」
 鈴原君は、やや後ろ――人の輪の外にいた男に助けを求めた。シンジと呼ば
れた男の子は、急に話を振られ困惑した表情で曖昧な答えをする。
「え、そ…そうだね……」
 質問の輪に加わらず離れてそれを見ていた彼のことが、私はなぜだか気になっ
た。
 私が見つめていることに気がつくと、彼はさっと視線を外した。
 それで分かった。彼は――私と似ている。


733 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/13(木) 16:48 ID:oGkwVIcA
 この学校の図書室の蔵書量は、なかなかのものだった。他では見かけないも
のも、けっこうある。嬉しい。これで学級文庫程度の書量だったりしたら、学
校にくる楽しみも、意味も、なにも無くなってしまう。
 私は、前の学校で読み切れなかったシリーズの続刊など数点を見つくろって、
席に向かおうとした。
 と、本棚の影から出てきた人影とぶつかってしまう。
「きゃっ」
 私は、悲鳴を上げて床に倒れた。本が辺りに散らばる。
「ご、ごめんなさい」
 私は身を起こして、相手を確認する前に、反射的に謝っていた。
「いいよ。僕もぼうっとしてたし。君の方こそだいじょうぶ?」
 見ると、碇シンジ君が尻餅をついたような格好でいる。
「は、はい」
 私は慌てて、本を拾い集めようとした。シンジ君も手近にある本を拾ってく
れる。
 ちょうどふたりの中間に落ちていた本を取ろうと手を伸ばす。私の手は、わ
ずかに早く本に触れていたシンジ君の手に触れてしまった。
 一瞬――時が止まったような一瞬、私と彼は見つめ合い。
「ご、ごめんなさいっ」
「ご、ごめん」
 同時に、手を引っ込めた。


741 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/14(金) 04:09 ID:/Z3hCcRK
 頬が熱い。彼の方も少し気まずそうだ。
 私たちは、互いに目を逸らして本を拾い集めた。
 顔の熱が落ち着いた頃に立ち上がると、碇君が拾った本を渡してくれる。
「はい、これ」
「あ、ありがとうございます」
「本、好きなんだね」
 碇君に言われて私は、
「ええ、本を読んでいるときは、自分の世界に没頭できるから」
 普段心の中だけで思っていて口に出したりはしないことを、自然と喋ってし
まっていた。彼には知っていて欲しい。
「い、碇君は――本、好きですか?」
 私は、すこし上擦った声で碇君に訊いてみた。他人に問い掛けをするなんて、
初めてかもしれない。
「うん、わりとよく読むかな」
「よかった……」
 心の底から、そう思った。彼との共通点をまた見つけることができたから――
だろうか?
「じゃあ、僕、いくね」
「は、はい」
 背を向け図書室を出ていく碇君を、私はずっと見送っていた。


749 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/20(木) 15:44 ID:XHwF1b+K
 家に帰ってからも、彼のことが頭から離れなかった。
 いつもならずっと本を読んでいるのに、それよりも――そう驚いたことにそ
れよりも、楽しい。彼のことを考えると胸の内が暖かくなる。
 自然と顔がほころんでしまう。私はベットの上で身悶えして、慣れないくす
ぐったい喜びに耐えた。
 彼のような人は今までいなかった。土足でこちら側に入り込んでくることも
ないし、他の男子のように下品でもない。
 それに私と似ている。
 彼となら、友達≠ノなれるかもしれない。彼になら、本当の私を分かって
もらえるかもしれない。
(でも、もし裏切られたら……?)
 その想像は、心の高揚を一気に萎えさせた。
 彼は――今日会ったばかりの男の子。他人。私とは別の人。彼のことはなに
も分からない。私が勝手に都合よく思っているだけ。
 私は、彼について努めて冷静になろうとした。期待をすればするほど、裏切
られたと時に辛くなるから。

 次の日。授業中、休み時間、気にしないようにしていても彼の方ばかり見て
しまう。もちろんじっと見つめていたりしたら変に思われるから、ちらちらと
横目でだけれど。
 やっぱり彼は他人と一歩距離を置いている。私と同じように。


751 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/20(木) 16:43 ID:XHwF1b+K
 放課後。帰ろうと昇降口から出た私は、思わず空を見上げてしまった。
 雨が降っている。それほど強くはないけれど、傘無しではとても帰れそうに
ない。
 朝は雲がわずかにあったものの晴れていたし、天気予報でも降水確率は二十
%だったのに。
 ついていない。いつだって私はついていない。嫌なことばかりに出会う。そ
ういう運命なのだと、半ば諦めているが、
「はぁ……」
 ため息が出てしまう。
 私はどうにか止んでくれないものだろうかと、あらためて雨の様子を見た。
一向に止む気配はない。それどころか、強くなったよう見える。
 鞄を掲げて――は無理。だいたい中の教科書やノートがびしょびしょになっ
てしまう。やっぱりどこかで、ビニール傘でも買うしかない。
 そこまで考えて、私は小さく声を漏らした。
「あっ」
 今日は財布を持ってきていない。お昼もお弁当を作ってきたから必要なかっ
た。
 しかたがない。走って帰ろう。風邪をひいてしまうかもしれないけれど、他
に方法がない。それに風邪を引いて学校を休めたら、一日中、本を読んでいら
れる。
 私は投げやりになって、雨の中に飛び出そうとした。


752 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/20(木) 16:44 ID:XHwF1b+K
「山岸さん?」
 背後から声を掛けられて、振り返る。走り出そうとした瞬間だったため、危
うく転んでしまうところだった。
「い、碇君……」
 碇君が傘を持って立っている。
「傘、持ってきて無いの?」
「え、ええ、降る様子がなかったので……。碇君こそ、よく雨が降るって分か
りましたね」
 不思議に思って聞いてみる。まさか、いつも持ってきているわけじゃないだ
ろうし。
「僕は置き傘してたから。よかったら、入っていく?」
「えっ、い、いえ、私は……」
 私は、反射的に断ってしまっていた。自分を呪う。
 幸いなことに碇君は食い下がってくれる。
「嫌だったらしかたないけど。でも、濡れちゃうよ」
「嫌だなんて……。じゃ、じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」
 しかたがない。無理に断っても、彼の気分を悪くしてしまうだろうし。これ
は自然な流れ。
 私は彼の広げた傘の中に入り、雨の中に一歩踏み出した。ついてないことば
かりじゃない。嫌なことばかりじゃない。ずっと陰鬱に感じていた自分の運命
が、明るく思えてくる。
 その時は確かに、そう思えた。


805 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/22(土) 15:34 ID:T7l84Yoj
 歩き出してから聞いてみると、私の家に寄ると碇君はかなり遠回りになって
しまうらしい。
 私は、彼に申し訳なく思った。
「すみません。私のために……」
「いいよ。気にしないで」
 碇君は笑顔で、そう言ってくれる。優しい。
 ふと見ると、碇君の肩が雨に濡れている。私の方に傘を差し出してくれてい
るから、はみ出してしまっているんだ。
「あ、あの、もっと自分の方に傘、向けてください。このままじゃ、碇君が濡
れてしまいます」
「え、でも、そうしたら山岸さんが濡れちゃうでしょ?」
 一人用の傘で二人を完全にまかなうのは難しい。私と碇君は少し間を空けて
並んでいるので、なおさらだ。
 私は思いきって言ってみた。
「も、もう少し…近付きませんか……?」
「そ、そうだね……」
 横に半歩ずつ近付いて、肩が触れ合う。それで私たちは、ようやく雨を避け
ることができた。
 言葉が出ない。だんだんと顔が火照っていくのが分かる。
 碇君も同じようで、ぎこちなく真正面だけを見ている。
 しばらくの間、肩を寄せ合いながら雨の中を黙って歩く。
 これって……相合い傘?
 爆発したみたいに顔が熱くなって、私は両手で顔を覆った。
「どうしたの?」
「な、なんでもないです」
 驚いて覗き込んでくる碇君に、慌てて答える。
 馬鹿みたいな想像だと自分でも思うが、今、碇君と私はまるで――まるで本
の中の恋人同士みたいに見えるかもしれない。
 妄想でしかない。それは分かっている。けど、今だけ、家に着くまでの間だ
けは、この本の中に迷い込んだような気分を味わっていようと思う。
 冷たい雨が降る中で、碇君の体温が酷く熱く感じられた。


806 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/22(土) 16:12 ID:T7l84Yoj
 夢見心地でいる内に、家に着いてしまった。残念に思う。どうせなら永遠に
着かなければよかったのに。
 義父が第三新東京市に滞在する間、貸し与えらた一軒家。作りは新しく、住
み心地はいい。
「じゃあね。また明日」
 あっさりと立ち去ろうする彼に、
「あ、あの、少し寄っていきませんか? 体も冷えてしまったでしょうし……」
 私は、勇気を振り絞って言った。 断られたらどうしよう……。
 碇君は考えるように視線を巡らせてから、
「うん、お言葉に甘えようかな」
 うなずいてくれた。
「はい」
 顔が、ほころんでしまう。よかった。ほんとうによかった。
「どうぞ、入ってください。誰もいませんから、気を使わなくても平気です」
「お邪魔します」
 二階の自分の部屋に彼を案内する。
「ちょっと待っててください。なにか、飲み物持ってきますから」


807 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/22(土) 16:12 ID:T7l84Yoj
 私は急いで、階下に駆け下りた。
 台所に着いてから胸に手を当てると、ばくばくとすごい勢いで胸が脈打って
いる。
 今部屋に男の子が――碇君がいる。そのことが私を興奮させた。
 意味もなくその場で立ったり、しゃがんだりを繰り返してしまう。
 あぁ、こんなことをしている場合じゃない。
 冷蔵庫を開けると、まだあると思っていたオレンジジュースがない。飲みも
のであるのは義父の缶ビールくらいだ。
 しかたなく冷蔵を閉めて、台所を見回す。
 しょうがない。インスタントコーヒーで我慢してもらおう。碇君、コーヒー
はだいじょうぶだろうか?
 砂糖を取ろうと戸棚を開けて、私の目は白い紙袋に止まった。
 以前、不眠気味だったときに病院で処方してもらった睡眠薬の袋だ。中を見
ると、まだ三分の一くらい残っている。
 まだ残ってたんだ。もう全部使ってしまったと思っていた。
 ふと、用意したコーヒーカップを見る。
 もし、これ≠コーヒーに混ぜたら――


839 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/24(月) 15:38 ID:4Y8CcV8k
 薬袋を強く握りしめていることに気づき、私は激しく首を振った。
 なにを考えているんだろう。そんなことをして、碇君をどうしようというの
だろうか、私は。
 馬鹿げてる。
 私は気を取り直してコーヒーを用意すると、碇君の待つ自分の部屋に戻った。
「お待たせしました」
 碇君は、行儀よく正座している。
「山岸さんって、ほんとうに本が好きなんだね」
 私は最初、彼が部屋の中で一番目立つ大きな本棚を見て言っているんだろう
と思った。けれど、違った。
「この部屋、本の匂いがする」
 私は、一瞬放心してしまった。それが、碇君には呆れたように見えたらしい。
「ご、ごめん、変なこと言ったかな……」
 気まずそうに、碇君は謝ってくる。
 もちろん私は呆れてもいないし、気分を害してもいなかった。その逆。
「い、いえ……好きなんです。本の匂い。心が落ち着くっていうか」
 本を開いたときの、あの微かな匂い。それを嗅ぐと悲しみも、寂しさも、苛
立ちも、みんな忘れることができた。
「うん、落ち着くね。懐かしい気もするし」
 しみじみと言った感じで、碇君が言う。
 他の人にも分かってもらえるなんて思わなかった。ううん、きっと碇君だか
ら分かってくれた。私と似ている彼だからこそ。
 私は、すっかり有頂天になって本のことを語り出していた。たぶん熱が入り
すぎていたのだと思う。


840 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/24(月) 15:39 ID:4Y8CcV8k
「本のこと喋ってるときの山岸さんって、別人みたいだね」
 そんなことを碇君に言われてしまう。
「す、すみません。私、一つのことに集中すると他が見えなくなるみたいで……」
「あやまらなくていいよ。きっとこれが本当の山岸さんなんだろうね」
 本当の私? うん、そうだ。本を読んでいるとき、語ってるとき、それが本
当の私。それ以外は偽物。碇君は、それを分かってくれる。碇君だけが分かっ
てくれる。知ってくれている。
 時間は、あっという間に過ぎてしまった。
 私は、おすすめの本と碇君が興味を示した本を、彼に貸すために渡した。
「ありがとう。借りるね」
「よかったら感想聞かせてください」
「うん。じゃあ、明日学校で」
「さようなら」
 玄関で碇君を見送って、私は自室に戻った。
 急に部屋が広くなったように感じられた。なんだか肌寒いような気もする。
一人には慣れているのに。
 さっきまでとは、まるで別の世界のよう。白昼夢だったのではないかとさえ
思えてくる。
 私は碇君の座っていたクッションを手に取り、頬擦りした。暖かい。これが
彼がここにいた証し。現実だった証拠。
 私は碇君の温もりが消えてしまわぬようにクッションを、強く、強く抱きし
め続けた。


850 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/27(木) 01:05 ID:voVvnvAk
 晴れ渡った空の下を歩く。足取りが軽い。
 学校へ行くのが楽しみだなんて、生まれて初めて。理由は単純だ。彼に会え
るから。
 スキップしたい気持ちを必死に抑えながら歩いていて、私は声を上げそうに
なった。
 道の先に碇君がいる。
 声を掛けようと走り出して、私の足は途中で止まう。碇君の隣を女の子が歩
いていた。
 確か、惣流さん。ハーフかと思ったらクォーターらしい。一言で言えば、綺
麗な人だ。私なんて比べものにならないくらい。
 見ていると、碇君の頭を惣流さんがこづいたので、私はびっくりしてしまっ
た。けれど、叩かれた碇君は頭に手を当てて文句を言ったものの、本気で嫌がっ
ている風ではない。さらによく見ると、碇君は惣流さんの鞄も持ってあげてい
る。
 二人関係が、私にはよく分からなかった。ただ、友達以上のような気がする。
二人の様子が、とても自然に見えたから。

 私は――気は進まなかったが――碇君と親しいらしいジャージと眼鏡の男の
子に、碇君と惣流さんのことを聞いてみることにした。


851 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/27(木) 01:06 ID:voVvnvAk
「碇と惣流?」
「え、ええ」
「なんでまた山岸さんが、あの二人のこと気にするわけ?」
「そ、それは……興味本位なんですけど、あまり接点が無そうなのに親しいみ
たいなので……」
 眼鏡の方の男の子に突っ込まれて、私は苦しい言い訳をした。少し勘が鋭そ
うだ。ジャージの方の男の子は、なにも考えてなさそうだけど。
「そりゃ一言で言ぅたら、夫婦やろなぁ」
「ふ、夫婦ぅ?」
 ジャージの子の言葉に私は、すっとんきょうな声を上げてしまった。
「そそ、妻は碇の方だろうけどさ」
 眼鏡の子が追従する。そりゃあ、碇君が甲斐甲斐しく惣流さんの世話を焼い
ている姿はよく見るけれど。でも。
 続いて出てきた発言は、混乱する私に追い打ちを掛けた。
「もう、一つ屋根の下やしなあ」
「ど、同棲してるんですか?」
 ショックだった。立っていられるのが不思議なくらい。
「でも、どうして……?」
 呆然して立ちつくす私に、眼鏡の子が頭を掻きながら説明してくれた。
「それはさ――」


853 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/27(木) 02:57 ID:voVvnvAk
 それによると、碇君と惣流さんはネルフの巨大ロボットエヴァンゲリオン
の専属操縦者なのだという。
 上司の家に三人で同居しているそうだ。
 私は身近に感じていた碇君が、急に遠い存在になってしまったように感じら
れた。ロボットのパイロットだなんて……。

 休み時間、碇君が本を返しに席にきてくれた。感想を聞くと、やっぱり私と
似たような感じ方をしたみたいだ。こんなに似ているのに。
 また本を貸すことを約束する。

 碇君だけでなく、惣流さんの姿を追うことも多くなる。どうしても気になっ
てしまう。
 我が強く、物怖じしない人のようだ。先生にだって、言いたいことははっき
り言う。私とは真逆のタイプ。好きになれそうにはない。
 
 碇君とは放課後に、私の家や図書室で本の話をするようになった。碇君の家
に誘われたこともあったが、惣流さんもいると思うと気後れしてしまって、私
は遠回しに断った。
 その時間は至福と呼べるものだった。後に見ても、眩しく輝いて見えるだろ
うと思う。私の人生で数少ない誇れる時として。
 いつしか私と碇君とは、本を通して友達と言えるくらいの関係にはなってい
た。
 けれど私の胸の中にはずっと、もやもやとしたものがわだかまっていた。そ
れらは、碇君と惣流さん――それに無口な綾波さんもだけど――がネルフの職
務で学校を休んだり早退したときや、二人が碇君の作ったお弁当を食べている
とき、それに――なんと言っても一番はこれなのだが――私と別れた後の碇君
が、家で惣流さんとどう過ごしているのかと想像したときに、ざわついて私を
苦しめた。
 私は友達という曖昧な関係に耐えられなくなっていた。だから、遅かれ早か
れ聞いてしまっていたと思う。
「惣流さんのこと、どう思ってるんですか?」


858 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/27(木) 15:36 ID:Q1TEx3YF
「ど、どうしたの急に……?」
 図書室で向かい合わせに座っていた碇君は、明らかに動揺を見せた。
「そんなこと聞くなんて…なんか、山岸さんらしくないね」
 自分でもらしくないと思う。今までの私からは大きく外れた行動だ。でもも
う、後には退けない。
 私は半分身を乗り出して、碇君に迫った。
「教えてください。友達ですか?」
 碇君は、考える間を置いてから答えてくる。
「……友達じゃないと思う」
「じゃあ、恋人ですか?」
「こ、恋人!?」
 碇君は悲鳴みたいな声を上げた。
「ち、違うよ。そんなんじゃない。僕とアスカは、そんなんじゃないよ」
 否定を繰り返す。なにかが引っかかった。
「……じゃあ、なんなんですか?」
 碇君はさらに時間を掛けて、ゆっくりと言葉を吐き出す。自分でも意識して
いなかったことを、整理しながら答えているみたい。
「家族でもないと思うし。仲間かな……? 同じエヴァのパイロットの。うん、
アスカは仲間だよ」
 仲間。エヴァのパイロット。私は、また疎外感を覚える。
 それに――もちろん知ってはいたが――碇君と惣流さんがお互いを名前で呼
んでいることも、私を打ちのめした。私と碇君は、姓で呼び合って君付け、さ
ん付け。
 どちらが深い関係かなんて――考えるまでもない。


860 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2003/03/27(木) 16:23 ID:Q1TEx3YF
 私の部屋には、大きな熊のぬいぐるみがある。だいぶ前に義父が買ってくれ
たものだ。一人遊びの相手を努めてもらうことも多かった。
 私はそのぬいぐるみを、にらめっこをするみたいに正面から見据えていた。
「シ……」
 さっきから出そうとしている声が出ずに、息苦しい。
「シンジ……」
 やっとのことで吐き出す。
 今度は顔が熱くなってしまう。鼓動が速くなり、やっぱり苦しい。でも心地
の良い辛さだ。
 私は、ぬいぐるみを手にとって引き寄せた。 「マ、マユミ……」
 腹話術士がするみたいに、ぬいぐるみの頭を動かしながら言う。
 顔がさらに赤くなる。気恥ずかしい気持ちが広がって――なんというか幸せ。
 でも、それも一瞬。
「馬鹿みたい……」
 私はぬいぐるみを抱えたまま、ベットに倒れ込んだ。
 虚しい。
 からっぽだ。私の心はからっぽだ。なにも無い。誰もいない。
 だから本を読む。中身を入れたくて。たぶんそう。
 でも、どれだけ本を読んでもそれはやっぱり借り物で、本当の私の中身じゃ
ない。
 碇君なら私の中身になってくれるかもしれない、そう思った。でもだめ。碇
君には惣流さんがいる。
 私には彼女に勝てるものが、なにひとつ無い。
 でももしかしてひょっとしたら、本当に碇君は惣流さんを仲間だと思ってい
て、恋愛感情はないのかも。変に勘ぐってしまうのは、私が臆病だから。
 私は、抱きしめていたぬいぐるみの顔を見つめた。このぬいぐるみみたいに
、碇君をずっと手元に置いておければいいのに。
「本当は、どうなんですか?」
 もちろん、ぬいぐるみは答えてくれない。
 私は彼に、そっと口づけした。



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